作品情報

性欲強めの年上旦那様は初心な新妻を蜜愛する

「早く繋がりたい。俺のものだって証明させて」

あらすじ

「早く繋がりたい。俺のものだって証明させて」

受付嬢の晴の元に、父がお見合い話を持ってきた。相手はなんと昔から憧れだったお兄さんの政宗。おっとりした晴と紳士な政宗は、初々しいデートを重ね、無事に結婚式を迎える。穏やかな新婚生活は幸せだったが、何故か旦那様は晴のことをなかなか抱いてくれない。十五歳年上の政宗さんには、ひょっとしてもう性欲がないのかも――悩みに悩む晴に、政宗はついにある秘密を告白し……。

作品情報

作:一宮梨華
絵:紺子ゆきめ
デザイン:RIRI Design Works

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 プロローグ

 さて、初夜です。
 小早川晴《こばやかわはる》二十四歳は、ベッドの端にちょこんと腰を掛け、夫である小早川政宗《こばやかわまさむね》の登場を今か今かと待っていた。政宗は今シャワーの最中。きっとあと数分で上がってくるに違いない。
 息が苦しくなるほどの動悸。手の内はじんわりと汗が滲んでいて、待ち望んでいた瞬間なのに、これほどまで緊張するとは、想像もしなかった。
 シャツ型のパジャマの裾をギュッと握りしめ、ドアの奥にチラチラと目をやる。このパジャマはこの日に備え新調したもの。胸元がちらっと見え、かたすぎず露骨すぎずといった具合で、爽やかな夏色がお気に入り。ほんの少しだけコロンを付けてみたが、気づいてもらえるだろうか。
『晴、いい匂い。それにこのパジャマすごく可愛いね。俺、もう我慢できないよ』
『あんっ、政宗さん、待って』
『無理、待てない』
「なんちゃって、なんちゃって、キャー」
 妄想が暴走し、思わず枕に突っ伏す。けれどそれだけでは収まらず、晴はベッドの上でセイウチのようにじたばたと身をよじった。
「はぁ……想像しただけでどうにかなっちゃいそう」
 晴は生まれてこのかた、性行為という経験をしたことがない。つまり処女だ。けれど妄想だけは、一丁前……いや、人一倍優秀である。
「まだ起きてたんだ」
 ひとまず落ち着こうと深呼吸をしたとき、ガチャっと寝室のドアが開いた。
 弾かれるように顔を上げれば、濡れた髪を無造作にかき上げ、ただならぬ色気を放つ政宗が立っていた。
 白のTシャツに、紺色のラフなズボンをはいている政宗は、普段はスーツを着こなす大人の男。だが、こうやってみると、まだまだ若々しく、今年三十九歳になるとは思えない。
 涼し気な奥二重の目元に、高い鼻梁。口角の上がる唇がセクシーで、肌も綺麗で瑞々しい。それにくわえ、すらりと背が高く、ほどよくついた筋肉が綺麗で素晴らしい。   
 あの腕に抱きしめられたいと、デートの度思っていた。その夢がついに叶う時が来た。
 政宗とは付き合って半年で結婚した。
 ずっと憧れていた政宗と交際がスタートした時には、天にも昇る気持ちだった。男女の関係がないまま今日にいたるのだが、きっと晴のことを大事にしてくれているからだろうと、解釈している。
 現に晴も、好物は最後まで取っておくタイプだ。きっと政宗もそうなのだろう。
「はい。まだ起きてました」
「そっか」
 ニコリと柔らかい笑みを浮かべ、晴の隣の腰を下ろす。
 ドキドキと胸の高鳴りが抑えられない。政宗から醸し出される雰囲気も香りも、何もかもが好きでたまらない。
 ――とうとう今夜、結ばれるんだ。
 晴の喉が、無意識にごくりと鳴る。
 カチカチと時計の秒針だけが、静かな寝室に響いている。二人の背後には、一緒に選んだダブルサイズのベッドがあり、ベッドサイドには、月をモチーフにした間接照明が置いてある。
 雰囲気は良好。あとは……。
「慣れない生活で疲れてるんじゃない? もう寝ようか」
「え?」
 ――今、なんと?
「あの……寝ちゃうんですか?」
「おいで、晴」
 政宗はベッドにもぐりこみながら、平然とした様子で手招く。
 なんだか想像していたのと違う。勢いよく押し倒されるのだとばかり思っていたのに。まさか、本気で寝るつもりなのだろうか。
 確かに入籍に親戚へのあいさつ回りなど、普段とは違う神経を使い続けたため、疲れていることには間違いない。
 でもいくらなんでも、人生で一度きりの初夜に、営まず寝る夫婦なんて、いないのでは?
「あの、政宗さん」
 意を決して声を上げるが、政宗は本当に眠いのか、こちらを見る目元が頼りない。
「ん? どうした?」
 どうしたではない。こっちが聞きたいくらいだ。
 もしかして、色気がなかったからやる気が起こらなかった? 政宗と晴は年が一回りも違う。政宗にしてみたら、晴はまだまだお子ちゃまなのかもしれない。
「いえ……おやすみなさい」
 ショックを隠すように静かに告げると、晴は政宗の隣にもぐりこみ、せめてもの抗議とばかりに背を向け無理やり目を閉じた。
「はぁ」と、政宗が小さくため息を吐くのが背後から聞こえ、晴の胸がさらに凍てついたのは、言うまでもなかった。

第一章 私たち新婚ですよね?

「おじさんだから仕方ないんじゃない? 老体を労わってあげなよ」
「政宗さんは、おじさんじゃないですから!」
 翌日、会社の先輩にそれとなく相談すると、平然とした様子でぶった切られた。
 始業時間はとっくにすぎ、多くの人が出入りする場だというのに、晴は興奮するあまり、つい大きな声で怒鳴ってしまった。
 案の定、晴の声に驚き、数人が振り返った。晴は慌てて会釈をし、笑顔を作る。
 晴は大手自動車メーカー、TAKAO自動車の受付嬢をしている。受付と一言で言っても、仕事内容は多岐に渡る。
 来訪者の企業名や氏名、来訪目的などの情報登録、入管証の貸し出し管理などを行っている。丁寧さも重要だが、相手にストレスを与えないようスピードも求められる。
 それ以外にも、代表電話やメールの問い合わせ、会議室の予約なども晴たちの仕事だ。
 昨夜、初夜なのに、女としてみてもらえなかったと隣に座る五つ年上の先輩、井本菜穂に愚痴ったら、さっきのように返されたのだ。
 三十九歳といえば、世間的にはおじさんなのかもしれない。でも、政宗は若々しいし、下手したらそこらへんにいる二十代より元気かもしれない。
 休日は晴の父親とゴルフに行くこともあれば、週に一度スポーツジムにも通っている。
 仕事柄若い人と接することも多いため、思考や考えも若い。常にアップデートされていると感じる。
「もしくはあれじゃない? ED」
「EDってなんですか?」
 キョトン顔で聞き返せば、菜穂はあちゃーと頭を抱えた。
 晴はこういう知識に疎い。セックスだって、具体的にどうするのか最近までよくわかっていなかった。いったいどういう生きかたをしてきたら、その界隈をスルーできるのか、菜穂は逆に不思議だった。
「やっぱり、私に魅力がないんでしょうか。だからやる気になれないんじゃ……」
 寂しげに口を開く。顔は完全に青ざめていた。 
 政宗は幸四郎の部下で、晴とは昔からの知り合いだ。
 彼と初めて会ったのは、晴が十四歳、政宗が二十八歳の時。父に連れられ、自宅にやって来たのが最初だった。
 腰をかがめ「こんにちは晴ちゃん。お邪魔させてもらうね」と、柔らかな笑顔で言われたときには、全身に電気が走るような感覚に陥った。一瞬にして、心奪われたのだ。あの時のことを、今も鮮明に覚えている。
 それからというもの、政宗と年に数度会う機会があり、その度に晴は心躍らせ、政宗に惹かれていった。
 そんな憧れの政宗とまさか結婚できるなんて、想像もしなかった。それもこれも、幸四郎のお陰。
 幸四郎は、二十四歳にもなるのに、恋人の一人もいない晴を心配し、知人を何人か紹介してきた。だが誰一人として興味がわかず、その話が浮上するたび喧嘩になり、お互いに辟易していた。
 そこで晴はだめもとで「政宗さんならいいよ」と幸四郎に告げたのだ。
 初めは幸四郎も驚いていたが、あっと間にデートまで取り付けてくれ、現在に至る。
「魅力ねぇ、ないことはないんじゃない? おっぱい大きそうだし」
 晴の上半身をじろじろと眺め、口にする。晴もつられるように視線を自分の胸元に下ろす。
「Fカップですけど、それって男性にしてみれば嬉しいことですか?」
「え、えふっ!?」
 キョトン顔の晴の前で菜穂が、場にそぐわない声を上げる。
「はい、一年前に計ったときはFでした」
 晴の無垢な発言に、菜穂は目が回りそうになっていた。
 制服のベストが今にもはちきれそうで、大きい方だろうと想像はしていたが、まさかそこまでとは思いもしなかったんだろう。
「グラビアアイドル並みね。羨ましい。分けてほしいわ」
 心底羨ましそうにぼやく菜穂は、頑張ってⅭカップといったところ。
「でも昔は男子によくからかわれました。牛みたいだとか、デブだとか」
 背は一五四センチと小柄。体重だって平均的だが、胸が大きいため、太って見られがち。それがずっとコンプレックスで、今も忌々しい記憶だ。
「女子からは、胸が大きいからだれだれくんは、晴ちゃんが好きなんだ、とか言われたり、嫌な思い出しかないです」
「女子の嫉妬って醜いわね。気にすることないわよ。ただ羨ましいだけだから」
「羨ましい……そうなんですね」
 菜穂のフォローにホッと安堵する。
 つまり、大きな胸はコンプレックスに感じる必要はないということだろう。
 過去の自分をまさかここで肯定してもらえるとは、思いもしなかった。
 そんな晴を横目でとらえたまま、菜穂が真剣な声色でつぶやく。
「今夜、迫ってみれば? そのめりはりボディで」
 ――迫る……か。
 じっと手元に視線を落とし、考えあぐねている。
 まさか受付嬢が、公の場でそんな不埒なことを考えているとは思ってもいないだろう。
 前を通り過ぎる男性社員や来客が「今日も安定の可愛さ」「あの子、タイプだわ」などと、ヒソヒソと話している。もちろん、自分がそんなふうに思われているなんて、天然な晴は想像もしていない。
 晴は小柄で愛らしい顔立ちをしていて、さらには育ちもいいためそれなりにモテた。
 ただ天然故、相手の好意に気づけなかったことが、これまで恋人がいなかった大きな理由。
 好きだとはっきり言われても、ライクだと勘違いすることも多々あった。
 結果としては好きな人と結婚できたわけだが。
「なんのひねりもないアドバイスだけど、とりあえずセクシー下着でも買ってみたら?」
「なるほど! ありがとうございます、菜穂さん。私頑張ってみます!」
 菜穂の手を握りながら張り切って答える晴に、菜穂は苦笑いを浮かべる。ここが会社の顔である受付でということを、すっかり忘れているようだ。
 だが晴の顔には、期待と希望で満ち溢れていた。

 その晩、晴は仕事終わりに買った下着を身に着け、昨夜と同じようにベッドの上で政宗がシャワーから出てくるのを待った。
 ネット情報によると、あまりにも露骨なものは引かれる恐れがあると書いてあったため、露骨すぎず、清楚系のエロ下着を購入した。
 パジャマは昨日とはタイプを変え、今人気だという某ブランドのハーフパンツに、胸の目立つぴちっとしたTシャツ。これで乗ってこなければ、政宗は本当にEDかもしれない。
 晴は昼間、菜穂に言われたことを帰宅後早速調べていた。
 勃起不全《ED》という言葉を知ったときは、赤面して一人オロオロし、しかもご丁寧に画像まで出てきて、思わずスマホを壁に向かって投げてしまった。
 壊れなくてよかったと、心底思う。どうしてそうなったのかともし政宗に聞かれてしまったら、口が裂けても言えない。
 そんなことを考えていると、ドアの奥で物音がした。シャワーから出てきたのだろう。膝の上に置いた手にぎゅっと力を込める。
 ――準備は万端。今夜こそ、政宗さんと結ばれたい。
 晴が体の関係にこだわるのは理由があった。
 これまで政宗は晴を子ども扱いしてきた節がある。それに、プロポーズをしたのも晴のほうからだった。つまり、愛されているという確証がほしかったのだ。
 そこに、ガチャっとドアが開く音がした。
 ハッとしながら顔を上げれば、昨夜と同じ光景が広がっていた。
 風呂上がりで色気が増した政宗が、髪をタオルで拭きながら晴を見下ろしている。
 ドキドキと心臓は高鳴り、手には汗がジワリと滲んでいた。
「まだ起きてたんだね」
「はい」
 欲しいのはその台詞じゃない。ただ、晴が欲しいと言ってほしいだけ。
「俺は少し仕事が残ってるから、それが終わってから寝るよ」
 穏やかな口調で告げると、くるりと踵を返す。
 政宗のデスクやパソコンはリビングの一角にある。そこで仕事をする気なのだろう。
 ――また一人ぼっちにするの? 私たち新婚ですよね?
 心に降り積もった声が、ついに形となって現れてしまった。
「政宗さんは、私がお嫌いですか?」
 その声に、政宗が振り返った。
「え? 嫌い?」
「だって、私たち新婚なのに……」
 瞳には涙の膜が張り、じわじわと視界が滲んでいく。
 泣くのは反則だってわかっているけれど、止められない。
「どうして政宗さんは、何もしてくれないんですか?」
 ずっと堪えていた本音が漏れ、政宗は驚いたように晴を見ている。
 ――言ってしまった。はしたない女だと思われたかもしれない。
 これ以上、彼の顔を見ていられず、晴は足元に視線を落とす。すると、嘆声を漏らしながら、政宗が徐々に近づいてくる気配がした。
「お嫌いですか、か。それ、最初のデートの時にも言われたな」
 恐々目を上げると、政宗が目の前まで迫って来ていた。突然のことに、ドキリとする。
「一年前のことなのに、既に懐かしい」
「あの……政宗さん?」
 晴の肩に手をかけながら、隣に腰を下ろす。そしてじっと目の奥を見つめた。
「最初二人で会ったとき、晴は心配そうな顔で俺にそう聞いてきたよな」
「そう、でしたっけ」
 きっと今みたいに、心のままに発したのだろう。だから正直、記憶が曖昧だ。

 晴と政宗が初めてデートをしたのは今から一年前にさかのぼる。
 三月のぽかぽかとした春の陽気が広がった空の下、晴は幸四郎に教えてもらった場所に、張り切って向かった。
「じゃあ、お父さん。行ってくるね」
「あぁ。くれぐれも失礼のないように」
「はぁい」
 軽快な返事をして、晴は自宅を出た。
 幸四郎も政宗も、大手商社勤務で、開発・調査部に所属している。しかも幸四郎はそこの部長で、二人は直属の上司と部下。
 政宗にしてみれば、上司の娘とデートなんて、お金を積まれても嫌だと思う。もしかすると、ビジネス的な打算が孕んでいるかもしれない。
 でもそんなことよりも、気持ちが浮ついて仕方なかった。だって、これがきっかけで、結ばれる可能性だってあるのだから。
 晴のモットーは「雲の上はいつも晴れ」。
 つまり、今はうまくいかなくても、その先に明るい未来が待っているかもしれないというのが、彼女の信念だ。
 日曜日の十二時、晴は指定されたレストランに着くと、政宗が待っていることに気づいた。
 これから一緒にランチを取り、そのあと映画に行くと聞いている。晴の胸はうきうきとわくわくで、今にもはちきれそうだった。
「政宗さん、すみません。お待たせして」
「晴ちゃん。ううん、俺も今来たところだよ」
 柔らかな笑みに、朗らかな雰囲気。彼の纏う雰囲気が、晴は昔から大好きだった。
 白のシンプルなTシャツに、紺色のカジュアルなジャケットを羽織っていて、下は細身のパンツを履いている。こうやって外で会うのも初めてだし、スーツ以外の姿を見るのも初めてだった。
「かっこいい……眼福です」
 だから、思わず口に出てしまった。
「え? 何か言った?」
「あ、いえなんでもありません。今日はお忙しいのにありがとうございました」
「そう固くならないで。じゃあ行こうか」
 腕につけた時計を見ながら、晴を中へと促す。
 この店はおしゃれなイタリアンで、少し前にオープンしたばかり。本場イタリアで修行してきたシェフが腕を振るってくれると、SNSで見たことがある。
 なかなか予約がとれないと聞いていたのに、政宗はいったいどうやって予約を取り付けたのだろう。さすが大人の男だと、晴は感心していた。
 席に着くと、政宗が晴の好きなものや、アレルギー有無を確認しながら、スマートに注文する。その美しすぎ所作や振る舞いにも、晴は歓喜していた。
「じゃあ、乾杯」
「乾杯」
 シャンパンの入ったグラスで乾杯すると、ゆっくりと口をつけた。その瞬間、シュワッと炭酸の泡が口の中に広がり、そのあとにフレッシュなぶどうの甘みが感じられた。お酒はあまり強い方ではないが、これならいくらでもいけてしまいそう。
「美味しいですね」
「よかった。晴ちゃんは甘い方が好みかなと思って」
 クスッと笑いながら、グラスをゆっくりと回す。それすらエレガントで、ずっと見ていたいくらい美しい。
 これまでは家で顔を合わせる程度で、ただの憧れに近かったが、今確信に変わった。
 ――私、政宗さんが好きだ。
「料理来たよ。食べようか」
「は、はい」
 それから二人で料理を堪能し、他愛もない話をしながら、楽しんだ。
 政宗がどういう気持ちでここに来たのか聞きたかったが、やっぱり聞けなかった。
 上司に言われて仕方なく。そう言われてしまえば、この恋は儚く散ってしまう。それなら、知らない顔をして最後まで楽しもう。そう胸に刻み、この時を堪能した。

「映画、話題だけあって、面白かったね」
「はい。ラストのどんでん返しには驚きました」
 映画館を出ると、感想を言い合った。
 外はすっかり夕焼け空になっていて、晴の心に同調するかのように寂し気な空気へと変貌している。
 ――まだ一緒にいたい。彼の特別になりたい。そう思っているのは、私だけかな?
「暗くなりそうだから送って行くよ。部長も心配するだろうし」
 政宗の口から幸四郎の名前が出ると、余計にもどかしくなった。
 晴は思わず足を止める。
「晴ちゃん、どうかした?」
 俯き、じっと足先を見つめる晴を、政宗が心配そうに声をかける。
 これで最後なんてしたくない。ダメで元々。 
 晴は、意を決して口を開いた。
「あの……! 政宗さんは、私のことお嫌いですか?」
 陽の落ちた臨海公園に、その声は良く響いた。
 政宗は晴を見つめたまま、ポカンとしている。でもこうなっては後に引けない。
「父の頼みで仕方なく来たってことは、重々わかってます。でも、私はまたこうやって会いたいです。だって私、政宗さんのことがずっと……」
「晴ちゃん」
 必死に言葉を紡ぐ晴を、政宗の男らしい声音が遮る。
 そしてポンと、大きな手で頭を撫でた。
「嫌いなはずないよ。部長の頼みっていうのは事実だけど、ここに来たのは自分の意志」
 その言葉に、どんどん顔に熱が集まる。
 そんな風に言われたら期待してしまう。
「今度は一緒にデートプラン考えよう」
 風が囁くように優しく告げられ、一気に破顔する。
 夢を見ているようだ。まさか政宗にそう言ってもらえるなんて……。
「よかったら連絡先、交換しない?」
「はい!」
 それからメッセージのやり取りが始まり、デートを重ねた。
 五回目のデートで、晴から、
「政宗さん、私たちも結婚しませんか? 絶対に幸せにします!」
 と、プロポーズしたのだ。
 もちろん、プロポーズの予定なんて、毛頭なかった。
 けれど、偶然式場の前を通り、そこで「フェアを開催してます。寄っていかれませんか」と声をかけられたのがきっかけだった。
 中を色々見せてもらっているうちに、ついあんな台詞が出てしまったというわけだ。
 政宗は、しまったと言う顔をする晴の顔を見て、クスクスと笑っていた。
 晴は真っ赤になり、穴があったら入りたい気分だった。
「す、すみませんつい……あの、忘れてください」
「いいよ。しようか、結婚」
「えぇぇ!?」
 二人のやり取りを見ていたスタッフから祝福の拍手が巻き起こり、二人はこれがきっかけで結婚を決めた。付き合い始めて、一年後のことだった。
 それからとんとん拍子にことは運び、両家への挨拶、会社への報告を済ませ、入籍をした。
 式場はもちろん、あの場所を予約している。式は六月の予定。まさにジューンブライドというやつだ。
 だがデートもずっとプラトニックだったため、お互い体の相性は知らない。
 友人には「もはや賭けね」と、失笑されてしまった。処女だとはいえ、それが大事なことくらいわかっている。でも政宗がどんな癖をもっていたとしても、引かない自信がある。
 そう意気込んでいたのだが、初夜はあっけなくスルーされ、今に至るというわけだ。

「不安にさせてたならごめん。そんなつもりはなかったんだ。ただ……」
「ただ?」
 聞き返せば、政宗の男らしい喉元がごくりと綺麗に上下する。それだけで色っぽくて、官能的。女心をくすぐられて仕方ない。
「晴には言ってないことがある」
 その発言にドキリとする。
「言ってないことって……? なんですか?」
 結婚前、政宗にどんな性癖があっても決して引かないと豪語していたにもかかわらず、今の晴は少し怖気づいている。それを証拠に、腰がやや逃げ気味で、瞬きも速い。
「俺、実は……」
 ハッと息を飲んでから口を開いた政宗に、晴は「待って!」と思わず口を押さえてしまった。政宗は目をぱちくりとさせている。
「あの……やっぱり今日はいいです」
「え?」
「おやすみなさい」
「あ、おい晴」
 慌ててベッドの中に潜り込むと、ぎゅっと目を閉じた。
 やっぱり聞くのが怖い。どんな政宗も好きだと言ったくせに、いざとなったらこれだ。
 それに最後まで話も聞かず、拒絶してしまったのだから政宗を傷つけてしまったに違いない。合せる顔がない。
「おやすみ、晴」
 政宗は小さく丸まる晴を布団の上から優しくぽんぽんと撫でると、静かに寝室を出て行った。
 ホッとするのと同時に、晴の心はこれからどうなるのだろうと、暗雲が垂れ込み始めていた。

 翌朝。晴はけたたましく鳴り響く目覚ましと共にがばりと起き上がると、ベッドの上でボーっと座り込んだ。
「もう朝……」
 ごしごしと眠い瞼《まぶた》をこすりながら隣を見れば、政宗がすやすやと気持ちよさそうに眠っている。その寝顔すら美しくて、ずっと見ていられる尊さ。
 あれから、あーだこうだ考えているうちに眠ってしまったらしい。彼がどんな秘密を抱えているのかいろいろと想像もしてみたが、結局わからないまま。スマホで調べてみると、よからないことばかり出てきて、晴はさらに困惑した。
「赤ちゃんプレイ……SM、縛りプレイ」
 思わず口にしてしまい、ぶんぶんと首を振る。
「そんなことより、朝ごはんの用意しなきゃ」
 気を取り直すと、ベッドから降りキッチンへと向かった。
 つい数日前まで実家暮らしで、朝も母親に起こしてもらっていた箱入り娘だが、政宗と一緒に住み始めてからは、目覚ましと共に起きられるようになった。
 不器用ながらも、食事の用意もなんとかこなせている。結婚が決まってから慌てて料理教室に入会した甲斐があったと言うわけだ。

 トントンと手際よくねぎを刻み、魚を焼いていく。昨日洋食だったため、今日は和食の予定だ。
 目元には立派なクマができていて、新婚らしいと言えばそうなのだろうが、理由がまったく真逆だから、冗談にもならない。
「おはよ」
 背後から聞こえてきた政宗の声に、小さく飛び上がりながら振り返る。
「お、おはようございます」
「いい匂い。今朝は和食かな?」
 キッチンから漂う朝食の匂いを嗅ぎながら、こちらへと近づいてくる。その仕草もかっこよくて、いちいちキュンとしてしまう。昨夜遅かったにもかかわらず、爽やかさ全開だ。
 それに、ちっとも気まずそうではない。気にしているのは、晴だけということだろう。
 でも政宗はそういう人だ。どんなときも凛々しくて、隙がない。デートの時だっていつもきちんとしていて彼が慌てたり、粗相をしたりしたことを、晴はこれまで一度も見たことがなかった。
 晴はこれまでたくさんの失態を見せてきたというのに。トイレにバッグを忘れたり、待ち合わせ場所を間違えたり等々。
「ナスの味噌汁か。美味しそうだね」
 湯気があがる鍋を覗き込みながら、嬉々した様子で言う。
「もうできますので、顔洗ってきますか?」
「あぁ、じゃあそうするよ」
 にこりと微笑み、洗面所のほうへ入って行く。その後ろ姿だって、背筋がピンと伸びていて美しい。
 彼が失態をしたり、慌てたりするときはいつなのだろう。
 その姿をこの先、見る機会は訪れるのだろうか?
 常に気を張っているのだとしたら、それはそれで寂しい……。
 きゅっとエプロンの裾を握りしめると、晴は政宗から視線を外し、調理を再開した。

 それから二人で朝食を済ませると、身支度をして家を出た。
 購入したばかりの新築のマンションは 駅からも近く、なんといっても二人の会社の中間地点にある。それが決め手となり、即決した。間取りは、子どもに部屋を与えてやれるようにと、4LⅮKを選んだ。けれど果たして、そんな日がくるのだろうか。
 新婚生活二日目にして、まさかこんなことで悩むなんて想像もしていなかった。
「今日はノー残業だから、早めに帰れると思う」
 駅に着き電車を待っていると、政宗がおもむろに口を開いた。
「わかりました。夕食のリクエストはありますか?」
「じゃあ、暑くなってきたしさっぱり系で。ほら、もう俺おじさんだし」
 自嘲気味に言って、胃のあたりを恥ずかしそうに撫でる。
 政宗は全然おじさんなんかじゃないと思う。彼が三十九歳だと知ったら、ホームにいる人達はみんなきっと驚くに違いない。顔には皺ひとつないし、スタイルだっていい。周りにいる他のサラリーマンに比べたら、若々しすぎるくらいだ。
「政宗さんは全然おじさんじゃありませんよ」
 そう言えば、無敵の笑顔で受け流されてしまった。きっとお世辞と受け取ったのだろう。
 三十九歳とは、肉体的にも精神的にもやはり落ち着く年齢なのだろうか。性欲もやはり衰え……。
 そこでハッとした。
 もしかしていい年だから、肉体的な関係は求めないでと遠回しに拒否されてる? 昨夜言いかけたことは、それをカミングアウトしようと……?
 プレイや性癖のことだとばかり思っていたけれど、そういうことだったのか。
 もう、政宗は性欲がないのかもしれない。それなら、求めるべきではない気がする。これ以上は彼の自尊心を傷つけかねない。
「あの、政宗さん」
 新たな決意を固めると、鋭い眼差しで政宗を見上げ口を開いた。
「さっぱり系なら、私にお任せください! とびきり美味しいごはんを作ってみせます!」
「あ、う、うん……」
 苦笑いしながら頷く政宗に、めらめらと、今にも火がつきそうな瞳を向ける。
 多様性の時代だ。いろんな夫婦があって当然。プラトニックな夫婦だって世の中にはいるはず。それに腹をくくってしまえば、これ以上悩まなくて済む。
 ぐっと拳を握ると、晴は心の中で新たな決意を固めた。

「なるほど。結局下着作戦もダメだったってわけね」
 会社のロッカールームで、菜穂が呆れたようにつぶやいた。
 ここは地下一階にあり、広々としていて、化粧台やシャワー室も完備されている。
 営業部や、残業の多い企画開発部の女性たちは、ここのシャワー室をよく使っていると聞いたことがある。
 TAKAO自動車には託児所も完備されているため、子どもが座れるような椅子や、おむつ交換台なども置いてある。
 子育てしやすいように、会社を上げて完全バックアップをしていると、入社時に聞いた。
「でももう、むやみに求めるのはやめようと思いまして。いろんな夫婦がいてもいいかなって」
「あ、開き直った」
 ブラウスのボタンを留めながら、菜穂が不敵に笑っている。
「ま、でもそれも一理あるかもね。何が普通で、正常かなんて、他人が決めることじゃないし」
 そう口にしながら、まるで心当たりがあるかのようにふふっと笑う。
 菜穂は独身で現在恋人募集中。恋多き女性で、経験も豊富。
 政宗と付き合うときもたくさん相談に乗ってもらったし、結婚が決まったときは、自分のことのように喜んでくれた、よき先輩。
 そんな素敵な女性なのに、菜穂に近づいてくる男性はなぜかダメンズが多く、お金を騙しとられたり、二股をかけられたりよく失敗している。それでもいつも前向きで、何事も経験だとよく口にしている。理不尽なことも上手にポジティブ変換できる菜穂を、晴は尊敬していた。だからこんな考えに至ったのも、菜穂の影響だと言える。
「なんだか老夫婦みたいね」
「はは、ですね」
 その言葉がぐさりと胸に刺さるのを感じながら、晴はロッカーを開けると、ドアの内側についた鏡に映る自分に目を向けた。
 想像していた甘い新婚生活からは程遠いけれど、政宗のために、これからは慎ましく、純潔を保つ。一生処女だと確定したわけだが、これも人生、致し方ない。
 でも今のままでも十分幸せ。一緒にごはんを食べて同じ家から出勤して、ただいまとおかえりといい合える。
 好きな人と一緒になれる確率は、奇跡にも近いと言われている。そう考えれば、これ以上望むなんて、贅沢なこと。
「うん、私は幸せ」
 鏡の中の自分に言い聞かせるかのように囁くと、パタンとロッカーを閉じ、持ち場へと向かった。

 仕事を終え自宅に帰ると、晴は早々にキッチンに立った。
 晴の仕事は残業も少なく、基本的には定時である、午後五時半にはあがれる。
 朝政宗がさっぱり系がいいと言っていたから、スーパーの袋には、野菜や鶏の胸肉など、低カロリーのものばかりが、身を寄せ合っている。
 朝から何にしようかと考え抜いた末、今日のメニューは、新玉ねぎのサラダに菜の花のからし和え、胸肉のおろしポン酢煮などなど、胃に優しそうなものにした。
 ――喜んでくれるといいな、政宗さん。
 そんな想いで調理にとりかかった。
「ただいま」
「あ、帰ってきた」
 アプリを見ながら一通りの調理を終えたところで、タイミングよく政宗が帰ってきた。
 ひらひらとしたエプロンを翻しながら、玄関へと急ぐ。
「おかえりなさい」
「予告通りだっただろ?」
 首を傾げながら柔らかく微笑まれ、ドキリと胸が弾む。
「はい。お疲れ様です。ごはんできてますよ」
「あぁ、ありがと。そうだ、これお土産」
 スッと差し出されたのは、晴が大好きなケーキ屋の箱だった。
「わぁ、これル・パティシエⅭOⅭOの。嬉しいです」
「よかった。食後に食べようか」
 言いながら、スッと晴の傍を通り過ぎる。どこまでも優しくて紳士な政宗。日本一、いや世界一素敵な旦那様だと思う。
 そんな政宗の背中を、晴はぴょんぴょんと跳ねながら、嬉しそうに追った。
 それから二人で食事をとると、政宗はどれも美味しいと言ってくれ、始終笑顔だった。
 その笑顔を見ていると、こっちまで幸せな気持ちになる。
「お口に合ってよかったです。朝、さっぱりがいいとおっしゃってたので色々調べてみたんです」
「晴、ありがと」
 綺麗な顔がくしゃりと緩む。彼のこの笑顔が好きだ。ずっと見ていたいくらいかっこいい。どこを切り取っても完璧な旦那さま。性欲があればもっといいのに……。
 ――って、考えるのはやめるって決めたばかりなのに。
 自分の破廉恥さに、頭痛がする。処女のくせに、エロいことばかり考えてしまう思考をどうにかしたい。
 ――政宗にはもうそういう欲がないのだ。諦めろ、晴。
 勝手な推測だが、性欲も食欲も同じだと思う。お腹いっぱいなのに、食べなさい食べなさいと言われるあの感覚と似ているのかもしれない。親戚で集まると、祖母によく言われていた子ども時代を思い出す。
 もう無理、いらないといっても押し付けてきて、気づけば目の前には食べ物で溢れていた。祖母は可愛さ余って勧めていたのだろうが、満タンのコップにそれ以上水が入らないのと同じ。つまり、政宗の性欲もそれに等しい。もう、お腹いっぱいなのだ。
 もっと早く出会っていれば違ったのだろうか。もっと早く結婚していれば……。
「晴? どうかした? ぼーっとして」
「あ、いえ」
 笑みを作り慌ててかぶりを振る。
 政宗の性欲について考えていたなんて、口が裂けても言えない。そんなはしたなくて、デリカシーのない女だとは思われたくない。
「あ、あの、政宗さん。お風呂もいれてますのでいつでもどうぞ」
「ありがと、でもちょっと仕事が残ってるんだ。終わってからにするよ。晴、先に入っておいで」
「わかりました」
 政宗は帰ってきてからも、よく仕事をしている。幸四郎は家に仕事を持ち込まない人だったし、彼がどんな仕事をしているのか正直よくわかっていない。
 それから片づけを済ませると、晴は遠慮なくお風呂に向かった。
 政宗はリビングの一角にあるデスクに着き、パソコンで仕事をしているようだった。
 真剣に取り組む彼の横顔を見ていると、うっとりとしたため息がこぼれて仕方ない。
 ――かっこいいな。大人の男って感じ。
 心の中でぼやきながら、脱衣所で服を脱いでいく。
 昨日までは政宗がいる家で裸になることにそわそわして仕方なかったが、意識されていないとわかった今、そんな感情も自然としぼんでいく。
 手際よく衣服を脱ぎすてると、バスソルトを入れ湯船につかった。
 ぷかぷかと浮かぶ、大きな胸に無意識に視線を落とす。
 ――無駄な巨乳になってしまった。
 新婚でレスだなんて、どこのおとぎ話だろう。
 でも、デート中でも何もなかったわけがよくわかった。
 それっぽい雰囲気にも一度もならなかったし、キスも触れるだけのものを数回した程度。
 それも晴から求めて、やっとだ。
 4回目のデートの帰り、家まで送ってもらった晴は思い切って目を閉じ、政宗を誘った。
 察した政宗はそっと唇を落としてくれたが、本当に子どものような、触れるだけのキスだった。結局いつも晴から求め、与えてもらっている。
「ふぅ、熱い。上がろう」
 悶々と考えるあまり、長湯しすぎてしまった。ざぶっと湯船から上がると、手際よく体と髪を洗い、浴室をでる。
 そこで気づいた。
「あれ? 着替え……」
 用意してると思っていたのに、政宗に見惚れるあまり、忘れてきてしまったらしい。
 ――どうしよう。
 いやどうしようもこうしようも、取に行くしかない。
 下着や洋服は寝室のクローゼットにしまっている。そこまでバスタオルを巻いて行こう。
 ぐるっと体にバスタオルを巻き付けると、浴室のドアを開け顔だけ出した。
 キョロキョロと辺りの様子を伺う。
 ――政宗さんはいないと見た。今だ。
 勢いよく飛び出すと、寝室に向かって一直線に駆けた。
 だが次の瞬間、晴の前に突然大きな壁のようなものが、立ちふさがった。勢いのままドスっとぶつかる。
「いった……」
「晴?」
 鼻の頭を押さえながら声の方を見上げれば、ギョッとしたような政宗の顔があった。
「きゃーっ」
 大声で叫びながら、その場にうずくまる。
 ――見られた! 絶対に見られた!
「どうした? そんな恰好で。風邪ひくよ?」
 そう言われても、そんなところにいられたら、立ち上がるに立ち上がれない。
「大丈夫、見てないから」
 くるりと踵を返しリビングに戻って行く気配がした。ホッとしながら立ち上がると、その瞬間、クラっとめまいが襲った。
 真っ直ぐ立っていられず、壁にもたれている。
 ――あれ、どうしちゃったんだろう。
 すると、異変に気付いた政宗が「大丈夫?」と、慌てた様子で戻って来た。
「具合悪いの?」
「のぼせたのかもしれません……」
 きっと長湯したのと、盛大にパニックになったせいだろう。額からはだらだらと汗が噴き出している。こんな格好を政宗に見られていると言うのに、隠す余裕はない。
「少し横になったほうがいい」
 心配する声が耳元で聞こえたのとほぼ同時に、ふわりと体が浮いた。
「え?」
 いつもはるか上にある政宗の視線が、今は目の前にある。体はふかふかとしていて、彼の体温が間近に感じる。政宗にお姫様抱っこされていたのだ。
「やっ、あの、政宗さん……!」
「大丈夫。重くないから」
 先手を打たれ、ぐうの音も出ない。
 政宗は平然とした顔で、バスタオル一枚の晴を寝室へと連れて行く。
 彼の熱が、晴の素肌に触れ、ドキドキとして仕方ない。
 それに初めて知った。人肌がこんなにも心を癒すなんて。心の奥から、ホッと優しい音がする。諦めたはずなのに、知ってしまったらまた欲が出てしまいそうになる。
「待ってて、冷たい水持ってくるから」
 そっとベッドに下すと、政宗は寝室を出て行った。
 心配してくれて嬉しいけれど、こうも普通だと、ちょっと傷つく。
「私はこんなにドキドキして仕方ないのに」
 心の中でひとりごちると、閉まったばかりのドアを切ない瞳でみつめた。

 ◇◇◇

「まいったな」
 リビングの壁に背中を預け、額に手を当てたまま、もごもごと独り言を口にする。
 まさか晴があんな格好でうろついているとは思いもしなかった。
 晴を抱いていた手をそっと見つめると、さっきの光景がありありと蘇ってきた。
 しっとりと柔らかくて温かい。それでいて、いい香りがした。
 これまで押さえていた感情が一気に爆発しそうになり、慌てて戻ってきたが、下半身はおさまりがつかない。
 あのまま抱いてしまいたかったが、まだ晴に伝えていない。
 きっと不安にさせているだろうし、きちんと話さないといけないことはわかっているが、なかなか踏み切れない。それに一度「やっぱりいい」と拒絶されてしまったこともあり、完全に怖気づいている。
 ――でも、このままでいいはずがない。今夜こそ……。
 胸に決意を固めると、気を取り直し、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出した。

 だがその思いに反し、政宗が寝室に入ったときには、晴はスヤスヤと気持ちよさそうな寝息を立てていた。
 あどけない顔で眠る晴の髪にそっと触れると、小さく嘆息をもらす。
「寝てしまったか」
 夫婦になったから、言わなくてもわかりあえるとは毛頭思っていない。
 言葉にしてきちんと向き合うことが、いかに大事かは知っている。
 無駄に年だけくっているわけじゃないのに、そうできないのは、晴が大事で愛しくて仕方ないからだろう。愛想をつかされるのが怖くて、逃げまわっているなんて、そんな感情はこれまで抱いたことのない類のものだった。
 これまでの恋愛は、どれも長続きしないものが多かった。
 いつも「ちょっと付き合きれない」と言われ、離れていく。
 もう一生結婚はできないだろうと思っていた矢先、晴との食事会を幸四郎に打診された。
 まさか一回り近くも離れた女性と結婚まで発展するとは思っていなかった。
 それもこれも自分の癖を隠してきたからだともいえる。つまり、本性を知られたら晴も「付き合いきれない」と、告げる可能性だってある。そうなったら、今度こそ立ち直れない。
 でもこのままでいいわけがない、言わなくては……。
 そんな堂々巡りをしながら、辟易した面で晴の隣にもぐりこんだ。

 翌朝、目が覚めるとすでに隣には晴の姿はなかった。
 結婚してから晴は政宗より早く起き、必ず朝食を用意してくれた。これまで長いこと、自分のことは自分でやってきた身としては、それはすごくありがたく、温かく感じた。
「おはよ、晴」
「政宗さん、おはようございます」
 愛らしい笑顔を向けられ、朝からじわじわと幸福感が胸の中に広がる。
 エプロン姿も、寝顔も、あのバスタオル姿も、どれもいつまでも目に入れておきたいほど可愛い。
 本音を言えば、受付嬢なんて人目に付く仕事はしてほしくない。きっと、あらゆる男の本能の餌食にされているに違いない。知らない男の頭の中で、裸にされているのではないかと想像したら、気が狂いそうだ。
 できることなら、この部屋に閉じ込めて、誰の目にも触れられないように……。
 ――って、まずい。朝から悪い癖が。
「政宗さん、ぼんやりしてどうかしました?」
「あ、いや。なんでもない。顔洗ってくるよ」
 気を取り直し爽やかに告げると、洗面所へ向かった。
 バシャバシャと煩悩を振り払うかのように、冷たい水で顔を洗う。
 晴のこととなると、つい妄想が暴走してしまう。夫がこんな奴だと知ったら晴はどんな顔をするだろう。
 考えるだけで、逃げ出したくなる。自分がこれほどまでに情けない男だとは思いもしなかった。
 顔を上げれば、昔より若干老けた自分の顔が映っている。晴はおじさんなんかじゃないと言ってくれるが、もうすぐ四十歳。立派なおやじだ。
 年の差を感じさせないよう常に気を張っているが、それが案外大変だということを、最近は痛感している。加齢臭がしないよう少し値段の張るボディーソープやシャンプーを使い、化粧水や保湿も怠らない。
 体型は元々やせ形で太りにくい体質だが、週に一度はジムに行っている。
 晴に恥をかかせてはいけないと、努力しているつもり。
 本当にこんなおじさんでよかったのかと、考えない日はない。
 努力している姿を見せないだけで、政宗も必死なのだ。

「小早川主任。どうしたんすか、朝から暗い顔して」
 会社に着き、セキュリティーゲートに社員証をかざしたところで、後輩の水城公平(みずきこうへい)が背後から声をかけてきた。
 浩平は二八歳で、十歳も離れた政宗に懐いている。いつも明るくて、社内のムードメーカー的存在と言える。
「新婚さんなのに暗いっすよー」
 政宗の後を追ってきて隣に並んだかと思えば、白い歯を見せ豪快に笑った。
 朝からよくそんな高いテンションでいられるものだと、感心する。若さとはすごい。
 残念ながら、今の政宗はそんなパワー持ち合わせていない。
 公平を横目に捉えると、ふっと口元を緩ませ、「大きなお世話だ」と返した。
「あ、わかった。お奥さんと喧嘩したんでしょ!」
「まさか」
 なんて平然を保ちつつも心の中は、あのことでいっぱい。今夜こそはカミングアウトしようと考えているが、いつも土壇場で怖気づいて、尻込みしてしまう。そんなことばかり考えていたから、暗い顔になっていたのかもしれない。
 公平はいつもスマートな政宗が、性生活に悩んでいるとは、つゆほどにも思っていないだろう。
 政宗は史上最速かつ、最年少で開発・調査部の主任になった。
 彼のいる部署は、経済や貿易に関わる情報を収集、分析し、経営判断の材料になる情報を調査しているいわば、会社の羅針盤。
 そんな会社の中枢にいる政宗は、入社時から期待されていて、人望も厚く、上層部からも一目置かれている。政宗のようになりたいと、慕う後輩も多い。
「主任、ぶっちゃけ結婚ってどうなんですか?」
 朝から本当にぶっちゃけたことを聞いてくる公平に、苦笑いが浮かぶ。
「まぁ、いいよ」
「まじかぁ。いいなぁー。でも、小早川主任はこのままずっと独身を貫くのかと思ってましたよ」
 エレベーターの階数が徐々に下がっているのを見つめながら、ははっと空笑いする。
 政宗自身もそう思っていた。このまま一生独身貴族なのだろうと。
 部長の娘と結婚したということで「出世狙い」など、陰であれこれ言われていたようだが、彼女との結婚に打算も、下心もない。
 晴も最初はそのことを気にしていたようだが、彼女だから食事の誘いも乗ったし、結婚もした。
 告白もプロポーズも晴にさせてしまったことが今も心残りだが、政宗はちゃんと晴を愛している。
「俺もそう思ってたよ。人生どう転ぶかわかんないな」
「へぇ、主任もそんな甘い顔するんですね」
 ニヤニヤとどこか茶化すような顔で政宗の顔をのぞき込む。
 そこにタイミングよくエレベーターが到着し、政宗は公平の視線を振り切ると、人の流れに身を任せる様に乗り込んだ。
 満員電車の次は満員のエレベーター。人が人の上にのしかかり、ある意味食うか食われるかの時代。まるでこの世は、カニバリズムのようだと感じるときもある。
 だが晴と付き合うようになって、忙しい日常に、光が灯ったように明るくなった。
 帰ったらあの笑顔で出迎えてくれ、愛らしい声で毎日、名を呼んでくれるのだから。
「待って! 乗ります」
 ドアが閉まる直前、ハスキーな声が届いたと思ったら、隙間を縫うように一人の女性が入ってきた。見れば、同じ部署の、佐伯友里だった。
「ふぅ、間に合った。ラッキー」
 小さく呟きながら、真っ直ぐ前を見て立っている。人の目を一切気にしないそのタフさにはいつも脱帽する。現に、ちらちらと「無鉄砲だな」と言わんばかりの視線を送れているが、ちっとも気にしていない。 
 友里は三十二歳で、黒い艶のあるロングの髪がトレードマーク。スラリと背が高く細身で、まるでモデルのようだと例える人が多い。
「佐伯さんだ。今日も綺麗だなぁ」
 隣に立つ公平が、熱心に友里を見つめながら、ぼそっとつぶやいた。
 友里はこれまで男と対等に渡り歩いてきて、この会社初の女性管理職になるのではないかと言われている。後輩の面倒見もよく、仕事もできる。仕事命のせいか、いまだ独身。狙っている男性も多いという話だが、政宗と別れてから彼氏はいないらしい。そう、彼女は政宗の元カノ。政宗がまだ二十代の時、一年間だけ大人の付き合いをしてきたのだが、二人ともデートより仕事を優先にしがちで、それがあだとなり、あっという間に別れてしまった。要は、お互い仕事に負けたのだ。
 どっちもどっちということで、別れる際も恨み言い合うわけでもなく、あっさりとしたものだった。それからは、良き仲間として、気まずくなることもなく、普通に接している。
「あ、政宗。一緒だったんだ。おはよ」
 背後にいる政宗に気付いた友里が、ニコリと微笑みながら言う。政宗が小さく会釈で返すと、隣にいた公平が満員のエレベーターの中で叫んだ。
「あの、俺もいます! 佐伯さん!」
 自分に指を差しながら、「ここ、ここ」と必死にアピールする。こんな狭い中で、なんて声を出すんだ。案の定、周りから冷たい視線が飛んでくる。
「水城くんもおはよ」
 返事を返され、へへっと頬を緩ませる。まったく、調子のいい奴だ。 
 自部署のある二十階に停まると、そそくさとエレベーターを降りた。一気に圧迫感から解放され、ホッと安堵のため息がこぼれる。毎日毎日人に押され、いつか圧死するのではなかろうか。
「そうだ、政宗。この前の調査報告、見てくれた?」
 先を歩いていた友里が振り返りながら、聞いた。
「あぁ、見たよ。よくまとまってた」
「そう。相変わらず仕事が早いわね」
 クスッと笑いながら、部署へ続くドアを押し開ける。その様子を、公平が興味深そうに見ていた。
 二人が付き合っていたことは、周知の事実。誰に言ったわけでもないのに、なぜか部署中に広まっていた。その当時まだいなかった公平すら知っている。別れた時もしかり。隅に立っていても目立つ二人の、悲しき運命とも言える。
「あのさ、それでちょっと相談したいことあるんだけど、いい?」
 デスクについた政宗に、猫のようにすり寄る。カチリとパソコンに電源を入れると、友里の方に視線を向けた。
「いいよ。なに?」
 くるりと椅子をまわし、朗らかな笑顔で問うと、友里はデスクの隅にちょこんと腰を預けた。そしてノートパソコンを広げる。そんな二人を、他の社員が興味深そうに見ている。
 これまで開発調査部は対向島型と言われるデスク配置だったが、ストレスを感じる、意見を出しにくいと言った声が多く聞かれため、政宗の提案によって、ユニバーサルレイアウトを採用した。役職席を決めず横並びに配置し、デスクを横一列にすることで、テレワークやニューノーマルな働き方に適している。仕事の効率も上がったという声も多く聞かれ、当初課長らは反対していたが、古い体質を改善してよかったと、政宗は思っていた。
 歳を重ねると保守的になりがちだが、政宗は常にアップデートをおこたらず、若い人の意見にも耳を傾ける。そういった姿勢が、人望を集めるのだろう。
「実はこれなんだけど……」
 友里のパソコンを覗き込むと、ここよと指さした。そこには某企業の調査報告があり、政宗は順を追って説明する友里の言葉に熱心に耳を傾けた。
「先週から頭抱えてて」
「確かに少し厄介そうだな。よかったら俺も一から見直してみようか」
「いいの? 助かる!」
 目を輝かせながら政宗を尊敬の眼差しで見つめる。
「忙しいのにごめんね。よろしく」
「あぁ、全然。ただちょっと時間もらうよ。今日は早く帰る予定にしてるし」
 その台詞に、友里はにやりとした。
「今日も、でしょ? 結婚したら変わるものね」
「え?」
「だって、これまでだったら仕事優先で、ノー残業デーの日だって残業ばかりしてたじゃない」
 そう指摘され、言葉を詰まらせる。
 友里の言う通り、これまでノー残業デーの日すら、残業せずに帰った日はない。帰ったふりをして、また会社に戻ってきてた。それを友里も知っている。これまで仕事人間で、誰かのために時間を割くことすらしてこなかった人間が、こうも変わるとは。友里に茶化されて当然だ。
「まぁ、なんていうか……」
 照れたように頭を掻く政宗をみて、友里がクスクスと笑っている。
「なに年甲斐もなく照れてんのよ。中学生か」
 鋭いツッコミをされ、さらにたじたじになる。こんなふうに政宗をなじれるのは友里くらいだろう。
「……とにかく、そういうことだから」
 ばつの悪そうな顔を隠すよう手で覆うと、くるりと背を向けた。そんな政宗に友里が続ける。
「政宗。あんまり、奥さんを困らせないようにね?」
「……」 
 背中でその意味深な言葉を聞くと、肯定も否定もせず自席へと戻った。

第二章 初夜はおごそかに
 
 バスタオル事件の翌日、キッチンで夕飯の支度をしていると、窓にぽつぽつと雨粒が打ちつけるのが見えた。
「雨か……」
 政宗は濡れていないだろうか。今朝、傘を持って出たようには見えなかった。
 近くまで迎えに行く? そんな想像をしていると、ガチャっと玄関が開く音がした。
 政宗が帰って来た。パタパタとスリッパを鳴らしながら、玄関へと向かう。そこには髪から雫を垂らす、政宗が立っていた。
「ただいま。参ったよ、ちょうど雨に打たれた」
「おかえりなさい。すぐタオル持ってきまね」
 急いでタオルを取りにいくと、立ち尽くす彼の頭からばさっとかぶせた。背伸びをしながら、政宗の頭をがしがしと拭く。
「大変でしたね。雨が降るなんてテレビで……」
 そこまで言って、ハッとする。至近距離で目がバッチリと合ってしまった。
 あんなことがあったから、嫌でも意識してしまう。見ていないと言っていたけれど、恐らくばっちり胸の谷間や、足は見られただろう。
「後は自分でやるからいいよ」
 ドキドキと心臓を高鳴らせていると、そっと髪を拭く手を避けられた。
「あ、はい……。先、お風呂、入ります?」
「あぁ、そうしようかな」
 端的に答えると、お風呂場へと一直線に向う。
 なんだか拒絶されたみたいで切ない。
 とはいえ、あのまま触れ合っていたら、またおかしなことを考えかねない。
 気を取り直し、再度キッチンで夕飯の支度を始める。
「いい香り」
 そうこうしているうちに、政宗がお風呂から出てきた。
「政宗さん、早かったですね。今日のメニューは、きゅうりとわかめの酢の物と焼き魚と、あとは……」
 一生懸命今日のメニューを羅列していると、政宗がクスッと笑った。
 その笑い声に、ぱちくりさせながら目を上げる。
「ありがとう、晴。毎日一生懸命考えてくれてるんだろ? 嬉しいよ」
 言いながら、シンクの前に立つ晴に近づいてくる。風呂上りということもあり、いつもより色気が溢れている。水も滴るいい男とは、よく言ったものだ。
「すぐに用意しますね。待ってて……」
「どれどれ、味見」
 突然背後から手が伸びてきたと思ったら、酢の物をひょいと口に運ぶ。
 そして「うん、うまい」と感嘆の声を上げた。その仕草はまるで子供みたい。けれど、見たことない一面に、無意識に笑顔になる。
「そう言ってもらえてよかったです。安心しました」
「晴のごはんはどれも美味しいよ」
「本当ですか?」
 それを聞いてホッと安堵する。料理教室に駆け込んでよかった。料理教室の先生には「これまでどうしてたの?」と、呆れさせたこともあったが、努力が報われたということだろう。
 それから二人で食事をとり、仕事のことや、休日なにするかなど、他愛もない話をした。
「ふふ、その水城さんって方、面白い方ですね」
「だろ? この前も、車の運転中にウインカーあげるの遅いから、危ないぞってやんわり注意したら、こっちの動きを悟られたくないんでって言うんだよ。そんなこと言うやつ初めて見たよ。今の若者ってなんかおもしろいよな」
 呆れたように口ずさむと、トクトクとビールをグラスに注ぐ。
 公平とは会ったことはないが、たまにこうやって政宗の会話に出てくる。
 明るくて気さくで、なぜか入社時から政宗に懐いているらしい。
「今度自宅にお呼びしたらいかがです?」
「いや、いい。プライベートにまで侵略されたくない」
 ズバッっとぶった切ったが、顔はどこか嬉しそう。きっといい上下関係が築かれているんだろう。
「政宗さん、ごはんおかわりします?」
「いや、やめておく。最近お腹周り気になるし」
 照れ臭そうに言って、お腹辺りを撫でている。そんな政宗をみて、クスっと笑みがこぼれた。
 政宗といるとすごく楽しい。好きな人と毎日顔を合わせられて食事をして、幸せだと感じる。
 でもやっぱり足りないのだ。心のピースが、埋まらない。さっき、やんわり避けられたことも、尾を引いている。
「片付けようか。今日は俺がやるから、晴はゆっくりしてたら?」
「いえ、私も一緒にやります。その方が早いですし」
 言いながら立ち上がると、シンクに向かう政宗と手と手がぶつかった。
「あ、ごめん」
「いえ。こちらこそ」
 慌てて距離を取られ、ズキっと胸が痛む。なんだか凹む。
 そんなに拒絶しなくてもいいのに。きっとまた、迫られたり、その話に持ち込まれたりするのが嫌なのだろう。
 一緒に居られて楽しいはずなのに、どこか寂しい。楽しければ楽しいほど、寂しくて仕方なくなる。泣きそうになってくる。
「晴? どうした?」
 スポンジに泡を立てていると、政宗が異変を感じ、覗き込んできた。
「いえ、なんでもないです」
 そう言う声が少し涙に滲んでいる。誤魔化そうとしても、しっかりと心の不安が現れていた。
「晴、どうした? 何か辛いことでも……」
 真剣な声色でそう問いかける政宗に、必死に首を振るが、もう隠せそうにない。
 胸が痛い。晴にとって自分の気持ちを誤魔化すことは、最も苦手なこと。
 いつもどんなときも自分の心に忠実で、相手が誰であろうと本音をぶつける。それが晴のいいところでもある。
「私にはやっぱり無理でした」
 気づけば、ぽつりとこぼしていた。
「え? 無理って?」
「本音を隠して笑うのは。どうして避けるんですか? この前は聞くのが怖くて逃げちゃいましたけどあの続き、やっぱり聞かせてください」
 思いの丈を吐き出すと、政宗を真っ直ぐ見上げた。政宗は驚いたようにただ黙って晴を見つめている。
「晴」
 政宗の男らしい低い声が、頭上で聞こえる。
 その刹那、なぜか手をすくうように取られた。
「指、怪我してるよ」
「え? あ、本当だ」
 見れば、左の薬指をわずかに切っていた。痛くないから気づかなかった。
「大丈夫ですよ、このくらい」
「よくみせて」
 強引に手を取られ、ドキリとする。こんな至近距離で、しかも触れられたら、いやでも身体が火照ってしまう。
「痛くない?」
「はい、平気です」
 顔を赤面させながら、なんとか答える。そんな晴をとらえる政宗は、ちょっぴり意地悪な顔をしている。目を細め、口の端が僅かに上がっている。
 ――あれ、政宗さんってこんな顔する人だったの?
 いつも紳士で、大人な政宗とはちょっと違う。なんていうか、男の顔だ。
「あの、政宗さん……」
 さっきの話の答えを聞こうとしたところで、なぜか指にちゅっとキスを落とされた。
「え? あの、何して……」
「消毒」
「消毒って……んっ」
 指一本ずつにキスをされ、さらには指の間にまで政宗の唇が這う。
 不埒なリップ音が、静かな部屋に残響している。それだけで顔が熱くなり、立っているのもやっと。思わず、感じてしまい声が漏れる。
「ふっ……ん、くすぐったいです、政宗さん」
「感じてるの? 可愛いね」
 ――なんだか、いつもの政宗さんじゃない。
 感じる晴を、チラッと上目遣いで見る彼は、なにか憑依しているかのようだ。
 紳士で大人な政宗とは、かけ離れすぎている。いったいどうしてこんな……。
 もしかして、雨に濡れると、別人格になってしまうのか? いやまさか。漫画やアニメじゃあるまいし。
「晴のこの華奢で白い指、ずっといいなって思ってた」
「そ、そうなんですか?」
「あぁ、こうして好きにいじってみたかった」
 突然のカミングアウトに、ぼっと全身の熱が上がる。
 確かに料理をしている時、政宗の視線を執拗に感じたことが何度かある。そんなこと想像してたなんて、思いもしなかった。
 彼のいいようになぶられる自分の手を見ていると、なんだか変な気持ちになってきた。
 手だけなのに……。お腹の奥がずくずくとするこの感覚はなに?
「ひゃっ」
 じっと見つめていると、ぺろっと指の間を舐められた。
 自分でも聞いたこともない声が上がる。
「どうした?」
「あの、政宗さん……私っ」
 ――なんて言おうとしている? もっとしてほしいって? わからない。完全にパニックになっている。
 むずむずする下腹部を隠すように、脚をくねらせる。
「ずっと隠してきたんだけど、もう抑えがきかないかもしれない。もっと晴のこと堪能したい」
 ちらっと流し目を寄越され、ドキリとする。
「あの、それはどういう意味ですか? 抑えがきかないって……」
 まるでこれまで我慢していたような言い方に戸惑いが隠せない。
 夫婦なのに、どうして我慢してたのか。晴はずっと抱いてもらいたいと、苦悩していたのに。
 だいたいどうしてその必要が?
「晴のこと、抱きたい」
 優しい声音で耳元で囁くと、強引に晴をかき抱いた。その瞬間、違和感を覚える。
 大腿に当たるかたい感触。これはもしかして……?
 ――私に欲情してくれてる?
 それだけで嬉しくなって、じわじわと瞳に涙の膜が張る。もう抱いてもらえないのだとばかり思っていたのだけに。
「寝室、行こう」
「……はい」
 少し遅めの初夜。晴の心は、期待と緊張でいっぱいだった。
 
 ベッドに晴を組み敷くと、政宗はさっきの続きとばかりに晴の指を舐め上げた。
「あっ……」
 そして、徐々に晴の服をはぎ取っていく。それだけで恥ずかしくてどうにかなりそうだった。けれど、嬉しさの方が勝っている。
 ようやく、本物の夫婦になれるんだ。大好きな人に触れられることがこんなにも喜ばしいことだったなんて、知らなかった。
「私、嬉しいです、政宗さんに触れてもらえて」
「俺も。晴に幻滅されるのが怖くて、ずっと我慢してた」
 真上から政宗が、男っぽい熱を孕んだ瞳を落とす。
「何をおっしゃるんですか。どんな政宗さんだって、引きませんし嫌いになんてなりません」
「本当に?」
「本当です!」
 自信満々に即答すると、政宗がくくっと喉を鳴らし笑った。
 どうして笑っているのかわらからず、キョトンと目を瞬かせる。 
「そうだよな。晴はそういう子だった、侮ってたな」
 晴を組み敷いたまま、独り言のようにこぼす。さらにわけがわからなくなる。
 侮っていたとはどういう意味だろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて、本性出していくよ」
「本性?」
「あ、心配しないで。普段の俺に偽りはない」
 それはつまり、ベッドの上では豹変するということ? 優しくリードしてくれる、紳士な政宗さんじゃなくなるってこと?
 ぺろりと舌なめずりする政宗を見て、途端に緊張してきた。
 なんだか見たこともない顔をしている。これが、政宗さんの男の顔?
「もう聞き分けのいい俺じゃいられないかも。晴の理想を壊したらごめん」
 その刹那、大人なキスが降る。
 ぬるりとした舌が入ってきて、それだけで眩暈がしそうだった。
「はぁ……ふっ、んん」
 舌が口内を縦横無尽にはい回る。息があがり、身体はさらに火照った。
 でも、ずっとこういうキスを待ってた。
「政宗さん……っ」
 わからないなりに、舌を絡ませ必死に応える。こすり合わせると、ゾクゾクとした快感がせり上がった。キスって、こんなにも気持ちのいい行為だったんだ。
「ずっとこうしたかった。もう我慢できない」
「嬉しいです。政宗さんのいいようにしてください」
 涙目で訴えると、政宗の瞳に、雄のスイッチが入るのがわかった。
 キスを繰り返しながら、手際よく服を脱がせていく。
 自分から少し努力して、腰を浮かせた方がいいのか。それとも、待っていいのかそれすらわからない。
 だがそんなことを考えている間にも、政宗はあっという間に下着だけにしてしまった。
 上から熱心に視姦され、恥ずかしくて身をよじった。
「ダメだよ、隠さないで。よく見せて」
「でも……やっぱり恥ずかしいです」
「何言ってるの。これからもっと恥ずかしいことするのに」
 意地悪な口調で言いながら、晴の大きな胸をそっと触れる。それだけでびくっと体が震えた。
「想像以上だな」
「想像なんてしてたんですか?」
「当たり前だろ? 男なんだから。いつも晴の裸を想像しては、触りたいって思ってた」
 言いながら、ブラジャーのホックを外す。
 ふるんと弾ける様に現れた豊満な胸は、ツンと上を向いていて、早く彼に触って欲しいと主張しているようだった。外気触れ、さらに先が尖りを増す。
「もしかして、見られただけで感じてる?」
「そんな……ちがっ」
「じゃあこれはなに?」
「ん、ああぁっ」
 かたくなった先端を指で弾かれ、思わず嬌声が上がる。
 自分以外の人に触れられるのは初めてで、甘美な衝撃が体を真っ直ぐ貫く。
「愛らしい顔して、案外いやらしんだな、晴は」
「やっ、んんっ」
 輪郭を指の腹でなぞり、触れるか触れないかのところで寸止めする。うずうずするのになかなか核心に触れてくれない。
 さっきのような甘い刺激がほしい。疼いて仕方ない。いつもはこんな意地悪な人じゃないのに。
「どうした? 涙目になって。もっとしっかり触れてほしい?」
「はい……意地悪しないで」
「ふっ、まいったな」
 口元を歪め、愉快そうに笑う。普段の優しくて大人な政宗じゃない。まさに豹変している。
 でも、ちょっと意地悪で男っぽい政宗もいい。好き。
「ひゃんっ」
 ふたつの胸の先端を同時に触れられ、声が上がるのと同時に腰が浮いた。
 ふにふにと弄ぶように、こねくり回している。
「はぁっ、あっ、やっ……」
 胸を揉まれているだけなのに、気持ちよくて喘ぎ声が止まらない。
「どんどんかたくして。晴はやらしいな」
「んっ、あ、だめっ……政宗さん……っ」
 人に与えられる刺激がこれほどまでとは思わなかった。自分で触れたって、なんてことはないのに。どんどん高ぶって行くのがわかる。
 けれど、政宗は余裕そうで、感じる晴をどこか冷たい目で見ている。それが逆にぞくぞくさせた。
「あぁっ、や、ンッ」
 舌で先をぴちゃぴちゃと舐め上げられ、さらに快感がせり上がる。息は絶え絶えになり、お腹の疼きもどんどんひどくなっていく。下着がじっとりしているのがわかった。
 ――これが濡れるということ? 
 知識はあったものの、体感したことがない晴にとって、それは少し気持ちが悪くて、不思議な感覚だった。
「どうした? 下も触ってほしいの」
「むずむずして、その……熱いんです」
 両手で顔を覆い恥ずかしそうに告げれば、政宗はがばりと晴の足を大きく広げた。
「きゃっ……! な、何を」
「下着にシミができるほど濡らして。晴は悪い子だな」
 意地悪に微笑み、大腿の間に顔を埋める。
 羞恥のあまり思わず「だめ!」と止めた。
「やだ、恥ずかしいです」
 だがそんな抵抗も虚しく、下着の上から舌を這わせ、ぞろりと舐め上げた。
「ああぁっ……」
 思わず大きな声が上がった。その声に応えるかのように、舌の動きを速める。
 だんだんと気持ちよくなって、頭が陶然としてくる。靄《もや》がかかったかのよう。
 あんなに恥ずかしいと訴えていたのに、そんな感情はあっという間に、もっと欲しいという感情に上書きされる。
 脚を大きく広げられたまま、政宗はその間で、嬉しそうに下着をびしゃびしゃにしていく。
「晴のエッチな匂いがどんどん濃くなるよ」
「い、言わないでくださ……っ」
「直にさわったらどうなるんだろうね」
 下着を片方に寄せると、茂みをまさぐる。
 そしてそっと舌の先で花芽を撫でた。その瞬間、晴は喉を反らせ、背をしならせた。
「ひゃああああっっ……」
 すさまじい快感が体を突き抜け、さらに大きな声が上がる。
「もうぷっくり膨らんでる。晴のここ、可愛いね。俺に舐めてっておねだりしてるよ」
「はぁっ、やぁっ。だ、めっ……」
 じゅるじゅるとわざとらしく音を立てながら、すでに敏感になった陰核を舌先で刺激する。その甘い誘いによってさらに愛液が溢れ、大腿を伝い始める。
「すごいな、晴は感じやすいんだな」
「んぅ、あっ、やぁっ……そこ、ばっかり、だめっ」
 目の前がチカチカして、おかしくなりそう。何も考えられない。
 そんな晴を、舌先だけチロチロと動かしながら、下から嬉しそうに眺めている。
「パンパンで、今にも弾けそうだな。一回イっておこうか? 苦しいだろ?」
 ――イクって? どういうこと?
「や、わかんな、い……っ」
「快感にだけ集中して」
「そんなの、できな……っ」 
 息絶え絶えになりながら、いやいやと顔を左右に振る。
 すると政宗は、敏感になった花芽をじゅっと吸い上げた。
「やっ、あっ、あああああ……」
 一気に快感が全身を駆け抜け、頭が真っ白になった。
 足がガクガクと痙攣している。これはいったい……?
「快楽に身をよじる姿、たまらないね。ずっとこの景色が見たかったんだよ」
 いつのまにか晴の真上に来ていた政宗が、口元を拭いながら、にやりと笑う。その笑みを向けられ一瞬ぞくりとした。しかも、政宗の目が、最初よりぎらついている。
 これはまだまだ序盤の域で、セックスの入り口に過ぎないことは、晴にもわかった。
 これからどうなっていまうのか。すでにへとへとで、茫然自失になっているのに。
 すると察したのか、政宗がにこりと微笑み切り出した。
「晴に引かれると思って言えてなかったんだけど俺、めちゃくちゃ性欲強いんだ。だから今夜は寝かせてやれないかもしれない」
 まさかの発言に、身震いしそうになる。性欲がないと思い込んでいたけど、その逆だったとは。だけど誰が普段の政宗からそんな想像する?
『こんにちは、晴ちゃん』
『いいよ、結婚しようか』 
 どのシーンを切り取っても、優しくて太陽のような笑顔しか思い浮かばない。
 呆然としていると、政宗がシャツを脱ぎ、床に放《ほう》った。
 目の前に現れた肉体美に、ほれぼれしてしまう。細身だが引き締まっていて、腹筋が綺麗に浮き出ている。まるで彫刻のようだ。
「どうかした?」
「あ、いえ」
 目を逸らし、ギュッとシーツを掴む。あの体に抱かれる。ドキドキして仕方ない。
 さっきお腹が気になってるなんて言ってたけれど、全然気にする必要ない。
 この年でこの体型を維持できるなんて、かなりの努力が必要だっただろう。
 ギシッとベッドがきしむ音がしたと思ったら、顔の横に左手をつかれた。もう片方の手が、晴の下腹部に触れる。肉を割り割き、再度粒を撫で始める。それだけでビクッと体がしなり、再び快楽が襲う。
 さっき電気が走ったような感覚。あれがイクということだったのだろう。
「こっちもよく慣らしておかないとね」
 蜜をまとわせながら、入り口を、優しくほぐしはじめた。
 そこは誰も受け入れたことはない。それはきっと政宗もわかっているはず。
「すごく濡れてるけど、ゆっくりしようね」
 ちゅぷちゅぷと、蜜が溶け出す音がするのが聞こえる。恥ずかしくてどうかなりそうなのに、下腹部が切なく鳴いて、欲しくて仕方なくなっている。
「はぁ……あっ、んッ」
 ゆっくりとぬかるみに指を差し込まれ、声が漏れる。中を広げる様に、政宗の指が動き回っているのがわかる。ぞくぞくと肌が粟立ち、目からは涙が自然とこぼれた。
「良さそうだね」
 顔を蕩けさせた晴を眺めながら、嬉しそうに言う。そんな顔を見せられたら、余計に感じてしまう。ここに政宗のものが入ってきたら、どうなっていまうのか。想像しただけで、胸がいっぱいだった。
「何も考えられないくらいよくしてあげるからね」
 もう十分気持ちいいです。そう声に出したかったのに、発することはできなかった。
 執拗に攻めたてられ、何度も果てもみた。
 羞恥も理性もいつの間にか消え失せ、快楽だけに身を任せ、乱れに乱れた。
「あ、政宗さん、また、あ……イク、イクッ……」
 この短時間でそう口にできるまでになっていて、政宗は満足げだった。
 とろんとした顔にキスをしては、再び絶頂へといざなう。晴はすでにへとへとで、部屋には絶え間なくいやらしい音が響き、喉が嗄れるほど喘がされた。
 前戯とはどのくらいが普通なのか、晴にはわからない。けれど、これだけで一時間以上は経過している。
 胸を執拗にいじられ、花芽を何度も剥かれては舐められ、潰すように撫でられた。
 蜜口からは愛液が溢れ、シーツを大きく濡らしていた。
 何度果てたかわからない。足は震え、もう指一本も動かせない。
「晴。まだまだこれからだよ?」
 放心状態で天井を眺めていると、ボクサーパンツから、政宗のものがとび出すように出てきた。初めて見る男性の性器に、ごくっと息を呑んだ。
 お腹に付きそうなくらい反りあがり、赤黒く太い。今にもはちきれんばかりに、苦しそうにしている。あれが今から自分の中に入るというのか?
「力抜こうか」
 言いながら、蜜口に丸い先端をあてがうと、くちゅくちゅと上下に擦り始めた。
 それだけでまた感じてしまう。
 疲れ切っているのに、何度も何度も果てを見たと言うのに、それがほしくて仕方なくなっている。これも政宗が仕組んだことなのだろうか。
 いや、もうそんなこと、どうでもいい。
「お願い。もう焦らさないで。きて……」
「ん? なんだって?」
「聞こえてたくせに。政宗さんの、意地悪……っ」
 涙目で訴える晴があまりにも可愛くて、政宗はくすっと笑ってしまった。
「入れるよ」
 徐々に腰を押し進め始める。丸くてかたい先端が、晴の中に徐々に押し入ってくるのが分かった。
「痛かったら、爪立ててもいいから」
「んっ、平気……です」
 だけどやっぱり無意識に力が入ってしまう。晴がしがみつく政宗の肩には、真っ赤な痕がついていた。
「晴、こっち向いて」
 言われるがまま正面を向くと優しいキスが降る。政宗は額、目尻、頬と晴の顔のあちこちに唇を落とした。気づけば彼を全部受け入れていた。
「全部入ったよ」
 そう言われ途端に泣き出したい気持ちになった。やっと一つになれた。ずっと焦がれていた。彼とこうすることを。
「嬉しいです……」
「何泣いてるの。って、泣かしてるのは俺か」
 自嘲気味に言って、そっと晴の髪を撫でた。
「晴の中、温かくて気持ちいい。慣れるまで暫くこうしてるよ」
 その間ずっとキスをして、みつめ合った。幸せだ。こんな感情があるなんて、きっと政宗に出会わなければ、知ることはできなかっただろう。
「政宗さん、好きです」
「俺も、愛してるよ、晴」
 ちゅっちゅっと、ついばむようなキスを繰り返す。
 ずくずくと下腹部が痛むけれど、これも幸せの痛み。
「少し動いてもいい?」
「はい。私のこと堪能するんですよね? 目一杯どうぞ」
 そう口にすれば、胸元に晴を抱え込みながら腰をゆるゆると動かす。
 耳元で聞こえる政宗の吐息が、どんどん荒くなっていって、それが愛しく感じた。
 ――私の中で、政宗さんが感じている。もっと気持ちよくなってほしい。
「痛くない? 大丈夫?」
「は、はい……気持ち、あっ、んんっ、いいです」
 初めてだというのに、感じてしまっている。奥を突かれるたびに痺れるような感覚が襲ってくる。
「は……っ、あ、政宗さ、んっ」
「晴……っ」
 政宗の切羽詰まったような声に、さらにキュンと下腹部がうずく。
「そんなに締めつけられると……」
「私も……いい、ですっ、はぁっ、あっ、お、おくぅ」
 どんどん目の前が白くかすんでいく。
「奥がいいのか?」
「いいっ、です……っ」
「じゃあ目を開けて。自分が何をされてるか、よく見て」
 政宗は上半身をがばりと起こすと、晴の足を掴み左右に大きく開かせた。
「やっ、何を……」
 驚きながらも視線を下げれば、出し入れされているところがハッキリと目に映っていた。結合部からは粘度の高い水音がする。
 何をされているのか理解したと途端、かぁっと頬に熱が集まった。
 ――すごくいやらしい。恥ずかしいのに、見るのをやめられない。
「見て興奮してるの? どんどん濡れてくるよ。晴はエッチだな」
「そんなっ……ちが、あっ」
 さっきとはまた違った快楽がすぐそこまで来ている。必死に政宗の腕を握りしめる。
 少し汗ばんだしっとりとした肌が心地いい。ベッドの軋む音が、どんどん激しくなっていく。
 するとまた、晴を包み込むように抱きしめると、ぼそっと耳元で懇願するように囁いた。
「晴、君の中を俺で一杯にするけどいいか」
「……はい、きてください」
 息を荒げながら、答える。
「一緒にイこう」
 パンパンと腰を激しく打ち付けられ、足先から痺れるような感覚が昇ってくる。そうかと思えば、波にさらわれるような愉悦が襲った。
「……っ」
 それとほぼ同時に、政宗がぶるりと胴震いする。お腹の中がじわじわと温かくなり、彼の欲望がほとばしるのを感じた。
 全身が性感帯になったようにひくひくと痙攣し、荒くなった息を漏らす。
 思考は溶けだしたかのようにとろんとなっていて、一気に脱力感が襲った。
 初体験なのにすごく長くて濃い時間になった。だけど今の晴の心は幸せでいっぱい。
「晴、大丈夫か?」
「は、はい。なんとか」
 言いながらふと違和感覚えた。まだ繋がったままなのだ。
 どのタイミングで抜くのだろうと考えていると、政宗が信じられないことを言い出した。
「萎えないからこのままいい?」
「え?」
「ごめん、俺一度火がついたらなかなか収まらないんだ」
 さも当たり前かのように告げると、あっという間に次のラウンドへ突入する。
 ――抜かずに、そのまま?
 白濁の液と晴の愛液が混ざったものが、大腿にまとわりつき、少しべたついている。
 シーツも、晴が何度か吹き上げたせいでびしょ濡れなのに。
「あの、一度お風呂に」
「いいよ、どうせまた汚れるから」
 平然とそう言って、再び上部に付いた花芽をいじり始めた。そこは散々いじめぬかれた。しかもゆるゆると腰を動かし始め、同時攻めに嬌声が上がる。
「ああんっ、やっ、待ってください」
「待てないよ、また可愛い晴が見たい。今度はもっと強引にしてもいい?」
「今度はって、あれで手加減してたつもりなんですか?」
「あぁ。20パーセントくらい」
 それを聞いて真っ青になった。
 ――このまま政宗さんに、食い尽くされる。
 そんな晴を見つめる政宗の顔はかなり意地悪な表情をしていて、普段では絶対に見られない顔。
 性欲が強いと最初に言っていたし、ベッドの上では豹変してしまうようなことも言っていた。だから覚悟を持って挑んだのに。想像をはるかに超えていた……。
 普段は紳士で大人な彼。だけどひとたびベッドに上がれば、意地悪で絶倫。相反するが、それも愛する政宗に違いない。
 違いないのだけれど……。
「やあっ、はぁっ、も、無理……ぃ」
「夜はこれからだよ、晴」
 初夜に抜かずに三回もする羽目になるなんて、思いもしなかった。
 晴は一晩中、政宗の腕の中で啼かされる結果となったのだった。

(――つづきは本編で!)

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